NYでは、自分の家に洗濯機を持たずに、ランドリーに通うのが一般的だ。日本で例えるとコンビニくらい頻繁にあちこちにあって、ランドリーのベンチでは、洗濯が終わるのを待っている人たちが思い思いの時間を過ごしている。
ある日ランドリーのベンチで、私は洗濯を待ちながら手帳を開いた。作り直そうと思っていた名刺のデザインを思いついて、スケッチしようとしていたのだ。
私の隣には黒人の小さな男の子が座っていた。推定5〜6才くらい、クリっと大きな目をしたかわいらしい子だ。私がペンを持ったとたん、気になるのか、ジュースをストローで飲みながら近づいて、しきりに手帳を覗き込んでくる。
私は気をひくために、名刺のデザインは後回しにして、その子の顔を描いてみた。彼は真剣な顔で「よく描けてるね」といい、「絵を描くのが好きなの?」と聞いてきた。私はアーティストなんだよ、と言うと、「本当に?僕もだよ」。そして具体的なモチーフや普段使っている画材のことなんかを教えてくれた。その話し振りがとてもアーティストらしく、堂に入っているのだ。

彼の名前はジェレン・キング。もちろんNY生まれ、そしてNYで育ち中だ。お父さんはいなくて、お母さんと2人暮らし。お母さんは普段は仕事でいないから、月曜日から木曜日は、おばあちゃんが学校まで迎えに来てくれる。お母さんと過ごせる金曜日は、とても特別な日なんだそうだ。
ジェレンは普段、クレヨンと水彩絵具を使うことが多い。まずは紙にクレヨンで描きはじめ、その後水彩絵具を重ねる。お気に入りのモチーフは、女の子、キリンなどの動物、蛾(蝶じゃなくて蛾なんだ、と何度も確認していた)、そして大好きなお母さん。
「今日も絵を描いてきたよ。白い肌にブルーの目、水色のドレスと白いネックレスをした女の子を描いたんだ。髪の色は、えーと、何て説明すればいいのかな…」とあたりを見回し、「あそこの角に座ってる女の人の、スカートの光ってるところの色を見て。あれみたいなグリーンだよ」と教えてくれた。そのスカートの色は黒に近いくらい濃い紺色なんだけど、オレンジ色の日ざしをうけて光っている部分は確かに淡いモスグリーンに見える。その色を瞬時に見つけて、しかも「グリーン」と表現した色彩感覚の正確さにはびっくりした。
家には何十点もの作品があるという。普段面倒を見てくれてるおばあちゃんもアーティストで、「彼女はもっともっとたくさん作品を持ってるんだよ」と言う。私が彼と同い年の頃、絵描きのおじいちゃんに教わりながら絵を描いていたことを思い出して、なんだか嬉しくなった。
「いいアーティストになってね」と言うと、「もちろん、僕の名前はキングだからね、強いんだ」と、ベンチに落ちていたお菓子のアルミ袋を力任せに破ってみせてくれた。