沖縄での生活を終えて、東京に戻ってくる頃には、予備校時代の友人も美大を卒業する時期を迎えていた。
彼女たちは「社会」への足かがりとして、情報収集や人脈作りのために、“友だちの友だち、さらにその友だち”といった具合に付き合いの輪を広げていた。
東京で再スタートを始めたばかりの私も、ちゃっかりそれに便乗して積極的に出会いを求めていった。
朝から夜まで仕事して、終わると誰かと飲みに行く。朝帰ってきて昼まで寝たら、仕事して絵を描いて、終わったら誰かと食事、そのまま誰かと合流してまた朝まで。
仕事以外の時間がなんだかもったいなくて、必死に予定を詰め込む。
そんな生活で知り合ったほとんどの人は、絵を描いていたりデザインをしていたり文章を書いていたりと、表現やアートに携わっていた。私と同じように、仕事の合間をぬって作品を作っている人たちが多く、自然と「アートとは?」「仕事と作品の違いは?」といった会話になる。
そして、ほとんどの人たちが「作品発表の場が少ない」と感じていた。

例えば画家志望者がキャンバスに絵を描いて、それを発表する主な方法は2通りある。
(1)レンラルギャラリーを借りて、個展をする
……この場合、ギャラリーを借りるためにお金がかかる。場所や広さによってピンキリだけど、安くても1週間あたり10万円、高いところだと20万円〜30万円代など。ほかにも、たくさんの参加者を集めてレンタル代を参加人数で割って、“グループ展”として開催する方法がある。
(2)公募展に出品する
……出品料(1点あたり数千円〜1万円くらいが相場)を払って作品を提出、結果を待つ。上位入賞すればたくさんの人の目に触れるし、賞金ももらえる。も
しかしたら、画廊(※)から声がかかる可能性もある。ただし選外だともちろんなーんにもなし。
※注:この場合(1)のレンタルギャラリーとは別もの。絵の売買をするディーラー、もしくは企画展を立案するキュレーターのいる画廊を指す。レンタルギャラリーよりも数はぐっと少ない。両方を兼ねるギャラリーもある。
当時の私は、レンタルギャラリーでの個展に、どちらかというと消極的だった。
安くない金額が必要だっていう理由もあったけど、本当のところ「個展」というアカデミックな響き(当時はそう聞こえたんです!)へのアレルギー反応に似たものが強かった。
いつかはやってみたいけど、今じゃない。そんな風に思っていた。「公募展」も同じ理由でNG。
もちろん個展や公募展以外にも、作品を発表する方法はいろいろある。
店舗のシャッターに絵を描かせてもらったり、道で売ってみたり。フライヤーにして配ってみるとか、方法はさまざま。
けれど、それにはそれなりの労力も必要だ。例えば店舗のイメージに合わせて描かなきゃいけなかったり、こんな所で売っちゃダメと怒られたり、フライヤーを置いてくれるお店を探して日夜街をさまよい歩いたり。
とにかく、受け皿が圧倒的に少ない。
絵を描く人はたくさんいるのに、お金をかけずに発表できる場所は限られている。
そんな現実に直面すると「それなら作ればいんじゃない?」と、受け皿を自分達で作ろうとする人が出てくるわけで、私もそのなかの1人だった。
まずはグラフィックデザイナーの友達と組んで、アートブックを作ることにした。1ページあたり数千円で参加者を募り、ボランティアスタッフ数人で制作、集まったお金で印刷。
出来上がった本はギャラリーや出版社、デザインとかアート関係の会社に配り、残りは1冊500円で売る。
それからライブイベント等の空間デザインを引き受け、照明や空間演出をしつつ自分達の作品を展示。
それ以外にも作品をシルクスクリーンでTシャツにプリントして、ネットで販売したり、一方でグループ展にも参加して、展示運営のノウハウを学んだりもした。
たいへんではあったけど、それ以上に楽しくて、私は企画づくりに夢中になった。
自分達が考えたことを現実のものにしていく作業とか、さまざまな人と1つのものを作りあげていく過程。
毎日が、お祭りの準備をしてるような感覚だった。
企画の数が増えるに従って、私も作品をたくさん描くようになっていった。
その反面、徐々に作品が“企画を成立させるための要素のひとつ”みたいな気にもなってきた。
アーティストが参加したがるコンセプトとお客さんが集まるコンセプトの違いって何だろう?
それに必要な作品とは?とかそんなことを考えていたある日、ふと思った。
「もしかして私、絵を描くことより企画する方が好きなんじゃないの?」
そう思った瞬間、あまりの恐ろしさに血の気がひいたのでした。
職業間違ったかも…!?
絵と企画、この2つの線は交わるのだろうか。